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東京地方裁判所 昭和40年(行ウ)124号 判決

原告 渡辺製靴株式会社

被告 杉並税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立て

(原告)

被告が昭和三九年八月三一日付で原告の昭和三八年二月一日から昭和三九年一月三一日に至る事業年度の法人税についてした更正及び過少申告加算税の賦課決定を取り決す。

訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文と同旨

第二原告の請求原因ならびに被告の主張に対する反論

(請求原因)

一、原告は、もと幸和土地株式会社という商号で不動産取引業を営んでいたが、昭和三八年四月三〇日商号を現在の渡辺製靴株式会社と変更するとともに事業目的を革靴の製造・販売等と改め、従来不動産業の商品として所有していた埼玉県入間郡福岡町大字福岡字北武蔵野元東大久保の宅地合計四六筆二、五五六・二六坪平方メートル(七七三坪二合七勺)に製靴工場を、また、同様の目的で所有していた浦和市大字中尾字緑島の宅地二筆及び小平市小川字鷹の街道外の宅地一筆合計七四一・三二平方メートル(二四四坪二合五勺)に工員宿舎その他の事業用建物を建設することとなつた(以上福岡町、浦和市、小平市各所在の宅地をあわせて本件土地という)。ところが、調査の結果、福岡町所在の土地には国際電信電話株式会社のアンテナが架設されていて、これが撤去にならないうちは動力用電線の引込みの許可がえられないことが判明したので、原告は、熟練工の確保、取引の便宜等をも考慮し、急きよ、本件土地を売却してその代金で他に適当な工場を取得すべく計画を変更し、同年五月から同年末までの間にこれらの土地を代金合計一、九〇六万三、〇五〇円で売却し、その代金をもつて同年一〇月東京都台東区浅草象潟町三丁目に敷地を求め、そこに製靴工場を建設し、機械施設を備えて昭和三九年四月一日から操業を開始するにいたつた。

二、右の次第で、前記売却に係る本件土地は、その所有目的の変更により、その時から、不動産取引業の商品としてのたな卸資産たる性質を変じて事業用不動産としての固定資産となつたので、原告は、昭和三八年二月一日から昭和三九年一月三一日までの事業年度(以下本件事業年度という。)の法人税につき、租税特別措置法六五条の五の規定にしたがい、別紙記載のとおり特別勘定として経理した金額一、〇九二万三、一二八円を損金に計上し、同条一項所定の承認申請書を添付して、本件事業年度の所得金額を欠損二三二万三、九六六円、税額を〇円と確定申告した。

ところが、被告は本件土地がたな卸資産であるということを理由として、原告の特別勘定の損金計上を否認し、昭和三九年八月三一日所得金額を八三九万九、一六二円、税額を三五二万二、八四〇円と更正し、過少申告加算税一七万六、一〇〇円の賦課決定をした。

三、しかしながら、右各処分は、法律の解釈適用を誤り、事実誤認に基づくものであるから、その取消しを求める。

(被告の主張に対する反論)

1  被告の主張1の事実は認める。しかしながら、原告が昭和三九年六月一五日まで不動産取引業者としての資格を有していたのは、登録抹消の手続を失念した結果に過ぎないのであるから、右登録が有効に存続していたからといつて、本件土地が固定資産となつたことや、原告が当時すでに不動産取引業を廃業していた事実にいささかも消長をきたすものではない。

2  福岡町の土地は、一部傾斜になつていて平坦な部分は約一、九八三・四七平方メートル(約六〇〇坪)に過ぎない。また、福岡町のような田舎で製靴業を営む場合は、東京のような都会でする場合と違つて、熟練工を得ることが至難であるため、不熟練工でもできる機械によるオートメイシヨン製法を採用することが必要であり、かつ、流作業のために工場は平家建が望ましい。加えて、通勤に不便な場所であるために、工員宿舎も構内に設けなければならない。これらの理由から、同土地は、被告の主張するごとく原告の製靴工場用地として広きに失するということはないのである。

3  右土地に国際電信電話株式会社のアンテナが架設されていたことを原告が従前より知つていたことは、被告主張のとおりである。しかしながら、そのために動力用電線の引込みが許されないということは、右土地を工場用敷地とするため現地を調査して初めて判明したことである。また、右土地は、分譲残地ではあるが、略長方形の工場適地である。

4  原告が異議審査の段階で設計図等の土地の具体的利用計画を示す資料を提出することができなかつたことは争わない。しかし、それは、具体的な計画を立てる前に、調査の結果本件土地には前記の障害のあることが判明し、計画を変更しなければならなかつたことによるものである。

第三被告の答弁ならびに主張

(答弁)

一  請求原因第一項の事実のうち、原告が昭和三八年四月三〇日商号ならびに事業目的を変更したこと、本件土地が原告の不動産取引業の商品としてのたな卸資産であつたこと、原告が浅草象潟に敷地を求め、そこに製靴工場を建設してその主張の頃操業を開始したこと、福岡町所在の土地に国際電信電話株式会社のアンテナが架設されていたことは、認めるが、その余は不知。

二  同第二頃の事実のうち、本件土地が固定資産となつたとの主張は否認するが、その余は認める。

三  同第三項の主張は争う。

(被告の主張)

1  原告は、被告に対して昭和三八年一月休業届を提出したが、東京都知事に対しては登録抹消の申請をすることなく、昭和三九年六月一五日の登録期限が切れるまで宅地建物取引業者としての資格を有していたものであり、その間柏市船戸に広大な土地を購入し、これを売却していた。

2  福岡町の土地は、原告の製靴工場用地としては余りに広すぎる(現に、浅草象潟の工場は、三階建の延坪二八〇・九九平方メートル(八五坪)にすぎない)。

3  右土地に国際電信電話株式会社のアンテナが架設されていたことは、はじめからわかつていたことであり、もともと、同土地は、不整形な分譲残地で工場敷地には適しない土地である。

4  原告は、本件課税処分に対する異議審査の段階を通じて設計図等土地の具体的利用計画を示す資料を提出することができなかつた。

以上のことからみて、原告は、本件土地を製靴工場等の用地に当てる考えはなく、単にたな卸資産に過ぎない右土地を売却し、その売得金で製靴工場をはじめたに過ぎないものであるから、租税特別措置法六五条の規定の適用を受け得ないものである。

第四証拠関係〈省略〉

理由

原告がもと幸和土地株式会社という商号で不動産取引業を営んでいたが、昭和三八年四月三〇日、商号を渡辺製靴株式会社と、事業目的を革靴の製造・販売等とそれぞれ変更したこと、本件土地が原告会社において従前営んでいた不動産取引業の商品として所有していたものであることは、いずれも、当事者間に争いがない。

おもうに、租税特別措置法六五条の五の規定の適用を受くべき譲渡資産とは、同法の立法趣旨にかんがみ、また、同法が旧法人税法九条の七第一項に規定するたな卸資産を除外していることからみて、法人が事業の用に供し又は供する目的で所有していたものであるというべきである。そして、法人が商品として所有していたたな卸資産たる不動産が当該法人の事業の用に供し又は供する目的で所有するいわゆる固定資産に転化したと認められるためには、単にその旨の株主総会の決議の成立があつただけでは足らず、事業の用に供し又は供すべきことが客観的資料によつて担保されていることを必要とするものと解するのが相当である。

いま、本件についてこれをみるのに、成立に争いのない乙第四号証の一、証人渡辺庸治の証言により成立を認める同号証の二および右証人の証言によると、つぎの事実を認めることができる。すなわち、原告主張の福岡町所在の宅地は、原告会社が幸和土地株式会社と称して不動産取引業を営んでいた時代に買い入れた約四、六二八・〇九平方メートル(一、四〇〇坪)の分譲残地で、不整形な地型であるばかりでなく、直接道路に面する部分がなく、私道予定地とされている所も、幅員四メートルにすぎず、しかも、公道に接する箇所は他に売却ずみであつて、工場用地としては極めて不適当な土地であつたこと、また、原告会社において現地調査の結果右地上に架設されている国際電信電話株式会社のアンテナは当分撤去の見込みがなく、それが撤去されるまでは同所に電動力の使用を必要とする工場の建設が不可能であることが判明したのは、原告が同地に製靴工場を建設する旨の株主総会の決議が成立したと主張する昭和三八年四月三〇日より約三か月も前の同年一月頃であつたこと、他方、原告が買換資産として取得したと主張する工場の敷地である浅草象潟の土地においては、さきに、原告会社の代表取締役渡辺好子の夫武雄の主宰する渡辺製靴有限会社が好子の発案に係る婦人靴の実用新案を使用して革靴の製造・販売を行なつていたが、武雄が脊髄疾患のために仕事ができなくなつたところから、原告会社が昭和三九年四月よりそのまま同社の事業を引き継ぐにいたつたものであることを認めることができ、他に右認定を妨げる的確な証拠はない。

しかして、以上認定の諸事実に、原告会社は、被告に対して昭和三八年一月休業届を提出したが、東京都知事に対しては登録抹消の申請をすることなく、昭和三九年六月一五日の登録期限が切れるまで宅地建物取引業者としての資格を有していたものであり、その間柏市船戸に広大な土地を売却の目的で購入した事実があり、また、原告会社は、本件課税処分に対する異議審査の段階を通じて建設すると称する工場等の設計図等具体的な計画を示す資料を提出していないといういずれも当事者間に争いのない事実および本件弁論の全趣旨を綜合すれば、原告会社が本件事業年度の決算において特別勘定として経理した本件土地は、製靴工場敷地等原告会社の事業の用に供する目的で所有していたものとは、到底認められず、仮りに原告主張のごとく、本件土地を工場等の用地に使用する旨の株主総会の決議が真実成立したものとしても、かかる一事をもつて右認定を左右し得ないこと明らかである。

されば、本件土地が租税特別措置法六五条の五の規定の適用を受くべき資産に該当することを前提とする原告の本訴請求は、該前提そのものが失当であるので、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡部吉隆 中平健吉 岩井俊)

(別紙省略)

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